記事の詳細

1、 女性ですか?男性ですか?

女性

2、現在の年齢はおいくつですか?

23歳です。

3、結婚したのは何歳ですか?

22歳のときです。

4、お子さんは何人いましたか?

0

5、結婚して何年目に離婚しましたか?

1年目です。

6、 離婚の一番の原因は何でしたか?

お互いに思いやれないという事と、私の怠惰な性格のせいだと思います。

7、 どのような離婚形態でしたか?

協議離婚

8、 弁護士さんなど、法律の専門家に相談しましたか?

相談はしませんでした。

9、 あなたの離婚体験談をお願いします。

私は専門学校で知り合ってずっと一緒に過ごしていた彼氏と卒業後にそのまま結婚をしました。学生時代からとても気の合い、共通の友人もとても多く、毎日が充実していました。
しかし、そんな日も長くは続きませんでした。
学生時代はお互いに時間もあり、気持ちに余裕もあった為、喧嘩する事も少なく仲良くやってこれました。
そして私は元々就職するつもりでいましたが、就職活動の時期になると、彼から「俺が頑張って働くから、お前は家事に専念をして欲しい!」とも言って貰えました。
今思えば、その言葉を鵜呑みにした私の選択が最大の間違いだったのだと思います・・・。

彼の就職も決まり、お互いに抱き合って喜び合い、彼が卒業前にしっかりと私の両親に挨拶をしたいとの事で、挨拶も早々に済ませました。
私と彼はお互い結婚式を挙げる気もなかったので、結婚する時もお互いの親友と両親を呼んでお祝いをした位でした。
物件探しや家賃等も初めはお互いの親に協力をして貰ったので何も困ることもありませんでした。

同居してから半年が経った頃、やはりいつまでも両親に頼っていてはいけないというお互いの気持ちから、私も家事だけでなく、空いたお昼の時間帯にアルバイトをして少しずつでもお金を貯めていく事になりました。
その選択も大きな間違いになりました。

元々私は体を動かす仕事が好きだったので、運送会社の積み込みのアルバイトを友人に紹介してもらい、そこでアルバイトを始めました。
仕事は楽しく、人間関係においても何も問題もなく、毎日が楽しかったです。

しかし、ある日男性のアルバイトの方が無断欠勤を重ねるようになり、その分の負担が私にドカッとくるようになってしまいました。
あまりにも重い荷物は男性が持つという決まりがあったのですが、その男性の方が休むと他に頼れる方もいないので、私がすすんで運ばなければいけませんでした。

そんなことが続いたある日、私は腰を痛めてしまい、家に帰ってから全く動けなくなってしまい、帰宅してきた旦那に急いで病院へ連れていってもらいました。
診断結果は「椎間板ヘルニア」でした。
恐らく重いものを毎日持ち上げていて徐々に潰れていったのだろうと。
しかし完全に潰れなければ手術はできないと言われ、それまでは痛み止めで凌いで自宅で療養する方法しかないとも言われてしまいました。
当然アルバイトを続けることも難しくなり自分から辞めました。

アルバイトを辞めてから1ヶ月程しても、コルセットを巻いてもあまり動けない日が続いたので、旦那も私の体を気遣って家事にも積極的に手を貸してくれました。
それから2ヶ月、3ヶ月と経ち、なんとかコルセットを巻きながら一人で家事をこなせるまでには戻りました。
とは言え、腰の痛みは消えてはいないので、家事をする時以外は旦那がいてもソファやベッドに寝転がっている事が多かったです。

旦那もその事にだんだん不満を覚え始めてきたのか、「手術をできる病院を探そう」と私に毎日のように言い始め、色々な病院へ私を連れていったりもしました。
しかし、どこの病院でも「この程度のヘルニアでは手術を行うことはできない」と言われてしまい、その度に旦那は溜息をついていました。
そんな旦那をずっと見ているとだんだん「こんなふうに自由に動けない私なんか嫌いなのかな」という想いが募り、私の中に少しずつモヤモヤが生まれ始めました。

それから数日経ったある日、私は思い切って旦那へ相談を持ち掛けました。
「私がこのままなようなら、あなたも大変だろうから、今だけは私は実家に帰ろうか?」と。
旦那はそれを聞いてプチンと糸が切れたように激怒しました。
「毎日毎日頑張っているのはわかるけど、今では何をやるにも行動が遅いし、俺が手術をできる病院を探そうと言っているのにお前は「絶対無理だ」と言うし、じゃあどうしろって言うんだ!お前が俺と暮らしていきたくないだけだろ!」と。
私はそういう返事をされると思っていなかったので、目が点になってしまいました。
更に旦那から「俺が想像してた結婚生活ってこういうのじゃなかった。こうなるってわかってたらあんなに早く結婚に踏み出したりしなかったのに・・・今から腰がそんなんじゃ子供の事だって絶望的じゃん」と言われてしまいました。

私はそれを聞いた時に、ああこの人がここ最近ずっと抱いてきた本心はこっちだったんだ・・・とショックを受け、大喧嘩の後に実家に帰りました。

そして実家に帰って今後はどうしようか一人で考えていたり、親と話をしている内に、私の旦那に対する気持ちは一気に冷めていってしまいました。
親からも「こんなことになるなら結婚しなかったなんていう男はこっちから離婚してやれ!!」と何度も怒られました。

私自身の体の為、旦那の気持ちの為を思うと、本当にもう離婚しかないなという気持ちしかありませんでした。
離婚を決めた日も、旦那にすぐさま電話をかけ、その日の内に実家の方へ来てもらいました。

旦那も同じ気持ちだったようで、話し合いをするまでもなく、旦那は「このまま結婚生活を送っていくというのは無理があると思う。俺も一人で考えてわかった事がある。一緒に働いてくれて、きちんと生計を立ててくれる人と結婚がしたい。就活の時にはお前に働かなくていいと俺も言ったりした。俺は本当に間違っていたと思う。ごめん。」と私に頭を下げて、準備していた離婚届をカバンからスッと取り出して私の前に置きました。

私も旦那も、悲しいという気持ちや、離婚したくないという気持ちはもうありませんでした。
「お互いの為に」という言葉を、話の最中に何度使ったかわかりません。

結局私達は翌日に離婚届を一緒に出しに行き、一緒に住んでいたアパートも解約し、お互いが実家暮らしに戻りました。
凄くあっけないものだったなと思います。
しかし、今回のことで学習したことも勿論たくさんあります。
結婚というのは、盛り上がっている気持ちのまま簡単に決めていいものではなく、しっかりとお互いの生活の基盤を作ってから決めるものなのだろうと。
私達の場合は、あまりにも幼い考えで、お互いに「なんとかなるだろう」という考えで結婚をしてしまった為、ズレが生じてきてしまったのだろうと。
その事に早く気がづけたというのは、良い事なのかもしれませんがね。

離婚してからは、彼とは友人として仲良くしています。
たまに食事に行ったりなんかして、その時には「お互い早くいい人ができたらいいね~。でも次は真剣に考えてから結婚しないと。」なんて笑い合える仲にはなっています。
あのまま恨み合って離婚になるという事にはならなくて良かったなと思っています。

恋人との結婚を考えている方は、いくらお互いに好き合っていても、愛し合っていても、1度ぐっと踏みとどまって「本当に今のタイミングで結婚していいのか?」ということを考えてみて欲しいです。
結婚というのは、恋愛とは全くの別物ですから。

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